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大阪高等裁判所 昭和56年(う)558号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

控訴趣意第一について

論旨は、要するに、原判示第一及び第二の物件は、いずれも、その発火装置が、火炎びんの使用等の処罰に関する法律(以下、「本法」という)所定のものと著しく異つて、その構造的な順序が逆であり、その容器が、同法所定の容器にあたらない破砕性のない複数のポリ容器であるうえ、火炎びんの最も本質的な特性である投てき性を欠くものであつて、もつぱら、ガソリンを燃えあがらせ、政治的抗議の示威行為を行う目的に使用されるものであつて、人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用されるものという要件を欠き、結局時限装置のついた燃焼物にすぎないのに、これを本法にいう火炎びんに該当するとした原判決は、火炎びんの意義について、刑罰法令においては禁止されている類推ないし拡張解釈をしたものであつて、法令の適用を誤つている、というのである。

そこで、案ずるに、関係証拠によると、原判決が火炎びんであると認定した原判示第一及び第二の物件は、ほぼ同様の形状、構造及び機能を有するものであるところ、現物がほぼそのままの形で領置された原判示第二の物件(豊中の物件)につきその形状、構造及び機能などをみるに、同物件は、ガソリン合計約5.44リットルを入れたふた付のポリ容器五個に、時限発火装置である発煙筒二本、携帯燃料一個、脱脂綿若干、プラスチックケース人りの電気回路一式などを組み合わせ、これをガムテープで緊縛固定したものであつて、高さ約二九センチメートル、縦・横約一九センチメートル×約二八センチメートルのダンボール箱に収納され、一人で容易に運搬できる形状、重量のものであること、ポリ容器に施された時限発火装置は、IC用プリント基板に、トランジスター二個、サイリスター一個、固定抵抗器六個、半固定抵抗器一個、コンデンサー二個を配線固定し、これに電源となる単三電池四個のほか、スイッチ一個、ガス点火用2.5ボルトヒーター二個をリード線で接続し、リード線の先端のガス点火用ヒーターを携帯燃料の上に置いたものであつて、スイッチを入れると、電池からの電流が半固定抵抗器、固定抵抗器を経てコンデンサーに充電され、コンデンサーの電圧が3.4ないし3.6ボルトに達すると、トランジスターが働いてサイリスターに電気信号が送られ、サイリスターが導通状態になつてガス点火用ヒーターに通電され、その先端のニクロム部が赤熱状態となつて、携帯燃料、脱脂綿、発煙筒に順次着火し、その火力でポリ容器が溶解して中のガソリンが流出燃焼する仕掛になつており、スイッチを入れてからガス点火用ヒーターに通電されるまでの間に約一〇分間を要すること、右と同様の構造をもつた物件(ダンボール箱を除く本体のみ)につき燃焼実験をした結果によると、外部電源を使用してガス点火用ヒーターに通電後、四〇秒くらいで携帯燃料に着火し、その数秒後に発煙筒に着火し、一分くらいでガソリンに着火して炎が広がり、一分二〇秒から三分くらいの間が燃焼の最盛期で、その時の炎の高さは最高約三メートル、幅は最大半径約1.5メートルに広がり、二五分くらいで消火したこと、原判示の犯行は、後記のとおり、刑事事件に対する抗議行動として行われたものであつて、原判示第一の物件は、原判示田尾勇裁判官方通用門のすぐ横の塀ぎわに設置される予定であつたものであり、原判示第二の物件は、原判示木下忠良大阪高等裁判所長官方庭の植込みに設置されたものであること、以上の事実が認められる。

ところで、本法一条によると、本法において火炎びんとは「ガラスびんその他の容器にガソリン、燈油その他引火しやすい物質を入れ、その物質が流出し、又は飛散した場合にこれを燃焼させるための発火装置又は点火装置を施した物で、人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用されるものをいう」と定義されているところ、所論は、前記認定の原判示物件は同条の要件に該当しないものであると主張し、原判示物件を本法にいう火炎びんであるとした原判決の判断を論難しているので、以下、所論につき順次検討する。

所論は、まず、本法一条の文言よりすれば、本法にいう火炎びんの発火装置は、ガソリンなど引火しやすい物質の流出又は飛散が先行し、その流出又は飛散した物質を燃焼させるために発火するものであることが必要であると解すべきであるとし、まず容器を溶解して内容物を流出させ、しかる後に内容物を燃焼させる原判示の発火装置は、同条所定の発火装置と構造的な順序が逆であるのに、これを火炎びんの発火装置と認めた原判決の判断は誤つている、というのである。

しかしながら、同条の「その物質が流出し、又は飛散した場合にこれを燃焼させるための発火装置」という文言を、所論のように解釈すべき必然的な根拠はなく、むしろ、火炎びんにおける発火装置の意義が、流出又は飛散した内容物に引火させて燃焼させる点にあることにかんがみると、発火と内容物の流出又は飛散の順序のいかんは、火炎びんとしての性格を左右するものではなく、同条にいう発火装置は、流出又は飛散した内容物に引火させてこれを燃焼させる機能を有するものであれば足りると解すべきである。原判示の発火装置は、前記認定のとおり、ポリ容器を溶解して内容物であるガソリンを流出させる機能を有すると同時に、溶解したポリ容器から流出したガソリンに引火させて、これを燃焼させる機能をも有するものであるから、同条にいう発火装置にあたるというべきであり、原判決の判断は正当であつて誤りはない。

所論は、次に、破砕性がなく、それ自体で内容物が流出、飛散するような形状又は構造をもたない容器は、本法にいう火炎びんの容器にあたらず、また、容器が複数である点も、本法の予想しないところであるのに、破砕性のない五個のポリ容器を組み合わせた原判示物件を、本法にいう火炎びんの容器と認めた原判決の判断は誤つている、というのである。

しかしながら、本法一条は、本法にいう火炎びんの容器について「ガラスびんその他の容器」とのみ規定し、容器の個数及びその破砕性について特に法文上の限定を付しておらず、容器を単数かつ破砕性を有するものに限る合理的理由もないから、個数及び破砕性は容器の要件ではないと解するのが相当である。もつとも、火炎びんは、容器から流出又は飛散したガソリン等が急激に燃焼して高熱を発し、凶器としての威力を有する点に一つの特質があり、法文上も、容器の内容をなす物質が「流出し、又は飛散した場合」という要件が付されているので、火炎びんの容器といいうるためには、容器の内容物が流出又は飛散するような材質、形状又は構造のものでなければならないと解すべきであるが、右の要件は容器じたいにおいて備つている必要はなく、容器と組み合わされた装置等によつて、内容物を流出、飛散させることができるものであつてもよいと解すべきである。原判示の容器は、前記認定のように、ふた付のポリ容器で、容器じたいに破砕性はなく、それじたいにおいて内容物が流出又は飛散するような形状、構造をもつ容器ではないが、容器に時限発火装置が組み合わされていて、発煙筒の火力によりポリ容器が溶解して中のガソリンが流出する仕掛が施されているものであるから、同条にいう容器にあたるというべきであり、原判決の判断は正当であつて誤りはない。

所論は、更に、本法にいう火炎びんは、攻撃対象に即応して移動、運搬することができ、かつ、投てき性のあることを要件とすると解すべきであつて、投てき性こそ火炎びんの最も本質的な特性であるのに、投てき性は火炎びんの要件ではないとして、投てきして使用できない原判示物件を火炎びんと認めた原判決の判断は誤つている、というのである。

しかしながら、火炎びんの危険性は、容器から流出又は飛散したガソリン等の引火しやすい物質が、急激に燃焼して高熱を発し、これが凶器としての威力をもつことのほかに、その製造、運搬が容易で、随時、随所において容易に使用しうる点にあると考えるべきである。したがつて、容器が巨大で重いなどその形状、重量によつては、火炎びんとはいいえないものもあると解すべきであるが、火炎びんの上記の危険性は、投てきして使用される場合だけではなく、一定の場所に設置して使用される場合においても同様に生じうるものであり、本法が容器の大小及びその形状、ことに投てき性の有無につき法文上の限定をしていないことなどをも併せ考えると、本法は、火炎びんが投てき使用される場合だけではなく、一定の場所に設置して使用される場合の危険の防あつをも所期したものと解すべきであつて、これらによれば、本法にいう火炎びんといいうるためには、すくなくとも、一人で運搬できる程度の形状、重量のものであれば足り、投てき性は必ずしもその要件とはされていないものと解するのが相当である。原判示の物件は、前記認定のとおり、時限発火装置付のものであつて、本来、投てきして使用するのに適する形状、構造のものではないが、時限発火装置を作動させたのち、これを走行中の車両等から投下して使用することもできると認められるばかりか、一人で容易に運搬することができ、時限装置の制約があるとはいえ、この点をも考慮して使用すれば、随時、随所にこれを設置して、内容物であるガソリンを燃焼させることが可能な物件であるから、本法一条にいう火炎びんに該当するものというべきである。原判決のこの点の判断は正当であつて誤りはない。

所論は、また、原判示の物件は、もつぱら、ガソリンを燃えあがらせ、政治的抗議の示威行為を行う目的に使用される時限装置のついた燃焼物にすぎず、人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用されるものではないから、本法一条にいう火炎びんにあたらないのに、これを火炎びんであるとした原判決の判断は誤つている、というのである。

しかしながら、前記認定の原判示各物件の形状、構造、機能よりすると、原判示の各物件は、その通常の使用方法により容易に人の生命、身体又は財産に害を加えることができるものであり、これを設置し又は設置しようとした場所など本件におけるその使用状況によつてもこれが人の財産に害を加えるのに使用されたことは明らかであつて、これらの点に徴すれば、原判示の物件は、上記各法益に害を加えるのに使用されるものであると認めることができ、単なる示威行為を行う目的に使用されるものとは解しがたいものである。原判決のこの点の判断は正当であつて誤りはない。

右に説示したとおり、原判示第一及び第二の物件は、いずれも、内容物を流出させる装置を施したポリ容器にガソリンを入れ、そのガソリンが流出した場合にこれを燃焼させるための発火装置を施した物で、人の財産に害を加えるのに使用されるものであつて、一人で容易に運搬できる形状、重量のものであるから、本法一条にいう火炎びんに該当するものというべきである。これと同旨の原判決の判断に、同法条を類推ないし拡張解釈したという所論の違法はなく、原判決に所論の法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(石松竹雄 岡次郎 竹澤一格)

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